2020年05月15日

こわれた千楽器・感想2

お話を読んで、心に残ったことが三つあります。
 一つは、お話の書き出しの所です。
「ある大きな町のかたすみに、楽器倉庫がありました。そこには、こわれて使えなくなった楽器達が、くもの巣をかぶって、ねむっていまっした」
 ぼくは、どきどきしました。長い間、こわれたままで放りっぱなしなっている楽器はどうなるのだろうと思ったからです。
 二つ目は、「こわれた楽器でひとつになろう」と考えて練習を毎日続けたところです。はじめは、どんな練習をするのか、「一つの楽器になろう」というのはどういうことかわかりませんでした。しかし、読んでいくうちに、こわれて出せるおとをくみあわせることかなと考えました。
三つ目は、やっと音が出て喜び合っているところです。
 このお話は、この他にも。「月は音楽におし上げられるように、空高く上がっていきました」「光の糸を大空いっぱいにふき上げました」というように、美しい言葉がたくさんありました。
 
posted by ky at 06:48| Comment(0) | 日記

こわれた千の楽器

感想
「こわれた千の楽器」は、こわれて使えなくなった楽器たちが、みんなで力を合わせて、えんそうをするようになったお話です。
あるとき、楽器倉庫をのぞいた月が、「こわれた楽器」といわれ、「こわれたなんか、いません。ちょっと休んでいるのです」といいったチェロの言葉がきっかけになり、お話がすすんでいきます。
 どの楽器も、えんそうをしたいと思っていました。しかし、音が出ないので、いままで、もうえんそうはできないと思ってあきらめていただとおもいました。しかし、チェロが、とっと休んでいると月にうそを言ってしょんぼりしているのをみて、みんなの気持ちの中に、えんそうをしたいという気持ちがあったのだと気がつきました。
 こわれているのに、えんそうをするってだいじょうぶかなと思っていました。でも、だいじょうぶでした。
 こわれていても、音が出るのです。自分がだせる音を出し合っていくという方法です。「こわれた楽器どうしで一つの楽器になろう」としました。倉庫の楽器がひとつの楽器とはすといなと思いました。練習は大変です。実際の音は聞いていないけど、バラバラの音を出す楽器が、一つになるというのは難しいし、力を合わせないとできないことは、よく分かります。
 えんそうの経験は、ぼくには、学校の音楽会しかありません。はじめは、音は合わなかても練習をして、がんばるとよういえんそうになります。楽器たちが、毎日練習をして、一つの楽器になった時のうれしさが伝わってきました。
 ある夜、倉庫の中から、きれいな音がする楽器のえんそうをいいうっとりしているというところでお話がおわります。おたがいに足りないところをおぎないあった楽器に、いっぱいおうえんしたい気持ちです。
posted by ky at 06:46| Comment(0) | 日記

2020年05月11日

うきくさ 5月

うきくさ例会(5月)
葱坊主とぼけ上手なじいじい居て  政苑
夕蛙不協和音の輩居て       夏生
母の日の十七文字の感謝状     武人
糠の香と共に筍茹で上がる     紀子
兜の緒キリリと此処に男子あり   今日子
疎水口つがいの鳰や又潜る     近江
フルートの音色は軽し花水木    幹雄
夢覚めて通草の花咲にけり     まさる
湖上からエンジン音や夏近し    寿子
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自転車で家庭訪問麦の秋      幸司
posted by ky at 11:20| Comment(0) | 日記